大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和36年(行)6号 判決 1965年10月11日

高知市浦戸町一二九番地

原告

有限会社 小串商店

右代表者清算人

小串照子

右訴訟代理人弁護士

綿木熊男

高知県吾川郡伊野町

被告

伊野税務署長

高木茂

右指定代理人

杉浦栄一

村島慶一

大坪定雄

岡林美裔

片岡甲子夫

内田敦見

右当事者間の昭和三六年(行)第六号法人税額更正決定取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1  被告が原告の昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日までの事業年度の法人税および昭和三四年七月一日から昭和三五年六月三〇日までの事業年度の法人税について、昭和三六年三月二七日附でそれぞれなした更正決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は畳表の製造販売およびこれに附帯して畳材料の販売を業とする有限会社である。

二、原告は、被告に対し、昭和三四年一〇月五日、昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日までの事業年度(以下便宜昭和三三年度という。)の所得金額を一、一九二円とした確定申告書を提出し、昭和三五年八月三一日、昭和三四年七月一日から昭和三五年六月三〇日までの事業年度(以下便宜昭和三四年度という。)の所得金額を二五、八六八円とした確定申告書を提出したが、被告は、昭和三六年三月二七日付で、昭和三三年度については、所得金額を四一四、二〇〇円とする旨の、昭和三四年度については、所得金額を六〇四、七〇〇円とする旨の各更正決定をなし、その旨原告に通知した。

原告は、これを不服として、昭和三四年度分の更正決定については、昭和三六年四月二四日附で、昭和三三年度分のものについては、翌二五日附で、それぞれ被告に再調査の請求をしたが、被告は、同年五月二九日附でいずれも却下決定をし、その旨原告に通知した。これに対し、さらに、原告は、同年六月一二日、高松国税局長に対し、審査請求をしたが、同局長は同年九月一三日附で棄却決定をなし、その旨原告に通知した。

三、しかし、原告の昭和三三年度および昭和三四年度中の各所得金額は、前記各確定申告のとおりであるから、右各更正決定の取消しを求める。

第三、被告の答弁および主張

一、答弁

請求原因一および二の事実をすべて認める。同三の事実は争う。

二、主張

1  原告は、青色申告書提出承認を受けた法人であるが、信頼できる帳簿その他の書類を備えていなかつた。すなわち、被告の調査によると、例えば次に述べるように、原告の帳簿には、記帳の脱漏誤謬等があり、また領収書等の証憑書類の整備も不十分であつた。

(一) 記帳の脱漏誤謬等

(1) 昭和三三年一〇月一六日の現金出納帳の残高は、一二〇、〇三九円であるのに、同日の現金有高は一一二、三一七円であつた。

(2) 昭和三四年一〇月一八日総勘定元帳の借入金勘定には訴外川崎乙から二〇〇、〇〇〇円を現金で借り入れた旨の記帳があるが、右取引については伝票が作成されていず、現金出納帳に入金の記載がなかつた。

(3) 同年同月三一日当座預金勘定には五七、〇〇〇円預入れの記帳があるが、右金員を実際に四国銀行本店の原告の当座預金口座に預入れた日は、同月の五日であつて、記帳月日が相当遅れているのみならず、同月五日における現金出納帳残高は二一、二八一円であつて、右の預入れは不可能である。

(4) 同年一一月二五日前記当座預金口座から七一〇四号小切手により一〇、〇〇〇円、七、一〇五号小切手により五、〇〇〇円がそれぞれ引き出されているが、当座預金勘定にはその記帳がない。

(5) 右当座預金口座に、同年一二月二八日紀陽銀行新宮支店から一三〇、〇〇〇円、同月二九日東邦銀行平支店から一二〇、〇〇〇円の各振り込みがなされているが、これを、翌事業年度まで帳簿に記帳しないで放置し、その間帳簿と当座預金口座残高との間に不突合が生じていた。

(6) 同年同月三一日売掛金一〇、五〇〇円を現金により回収した旨の伝票があつたが、現金出納帳には入金の記載がない。

(7) 昭和三五年一月二二日仕入れ勘定には仕入れ金二三四、四〇〇円のうち金八五、〇〇〇円を四国銀行本店の八三二四号小切手により支払つた旨の記帳があるが、右金員は、前記当座預金口座から引き出されていない。

(二) 証憑書類の不備

(1) 昭和三三年一二月三一日生田勝一外一〇名に対する買掛金合計五一九、一九五円の現金支払いについて、預収書等の証憑書類がなかつた。

(2) 昭和三四年一二月三一日小島外七名に対する買掛金合計四九六、〇〇〇円の現金支払につき、領収書等の証憑書類がなかつた。

(3) 昭和三五年三月三一日仕入れ勘定に一三四、五六〇円を計上して当座預金勘定を同額減少しているが、右取引について、伝票がなく、仕入れ先その他の明細の証憑書類もない。そのうえ、右金員は、前記当座預金口座から引き出されていない。

(4) 前同日の仕入勘定に四六四、一九七円を、同年六月三〇日の同勘定に三八九、四〇〇円をそれぞれ計上し、買掛金勘定をそれぞれ同額増加しているが、右各取引については、伝票が作成されていず、また仕入れ先その他の明細の証憑書類もない。

2  ぞこで、被告は、昭和三六年三月六日附で、昭和三三年度以降につき、青色申告書提出承認の取消し処分を行い、しかる後、推計の方法により原告の所得を算定した。

すなわち、被告は、管内に原告と同業者(法人)がなく、原告の実際上の営業の本拠が高知市浦戸町一二九番地であつたので、高知税務署管内で原告と事業の規模が類似する同業者(以下、類似法人という。)の売上差益率、営業利益率を求め、その売上差益率、営業利益率を適用して、次の算式により、

(1) 売上原価÷(1-売上差益率)=売上金額

(2) 売上金額×営業利益率=営業利益

原告の営業利益を算定し、これに原告の営業外利益を加え、営業外損失を控除して、所得金額を算出した。その際、類似法人としては、高知市知寄町一番地の四所在の訴外有限会社吉村商店を選んだ。

なお、右の推計にあたり、売上原価については、原告の申告額を基礎にしたが、これは、次の点を考慮したものである。

一般に、仕入れ金額は、損金に計上され、記帳漏れがあると所得計算上納税者に不利になるから、納税者において記帳漏れのないように注意し、売上金額に比べて正確に記帳されるものである。したがつて、被告は、前記のように原告の帳簿を全体としては信頼できないものと認めたが、右の実情を考慮し、売上原価については、原告に有利にその申告額をそのまま認めることにしたのである。

3  被告が、訴外吉村商店と原告とが類似法人であると認めた根拠は、次のとおりである。

吉村商店は、昭和二八年四月七日、資本金を八〇万円、目的を畳表の製造販売、代表者を吉村糸枝と定めて設立された有限会社であつて、事業場を高知市知寄町一番地の四に置き、当時、従業員数九名で、事業場建坪八二坪、三輪トラツク二台および自動二輪車二台を保有していたのに対し、原告は、昭和二六年五月一二日、資本金を二〇〇万円、目的を畳表の製造販売、代表者を小串繁吉と定めて設立された有限会社で、右代表者小串繁吉は昭和三二年九月一三日死亡し、その妻小串照子が同年一二月一五日より代表者となつて業務を行い、本件係争年度当時、実際上の事業場を高知市浦戸町一二九番地に置き、従業員数八名で、事業場建坪三九坪、三輪トラツク一台、自動二輪車二台および織機四台を保有していた。そこで、被告は、右のような双方の会社の種類、目的、創業年数、資本金、従業員数、店舗面積、保有車輛数等を比較して、両者を類似の規模の企業であると認めたものである。

4、もつとも、被告は、推計に際し、右訴外吉村商店の売上差益率、営業利益率をそのまま適用せず、行政上の配慮として原告に有利にいずれも若干減歩修正して適用した。すなわち、吉村商店の昭和三三年度における売上差益率は一二・七%であり、営業利益率は三・六%であるが、前者を一〇%、後者を二・五%と修正し、昭和三四年度における売上差益率は一二・一%であり、営業利益率は四・六%であるが、前者を一〇%、後者を三・五%と修正した。

右修正の一応の計算根拠としては、原告の仕入れ金額および売上金額を一品毎に調査する等の方法によつて、原告の売上差益率を吉村商店のそれの八〇%であると評価し、また原告の倉庫工場等を調査したところにより、原告の営業利益率を吉村商店のそれの七〇%と評価したものである。

5、なお、右吉村商店の売上差益率および営業利益率の適用が合理的であつたことは、原告および吉村商店と事業の規模が類似する同業の法人である岡山県都窪郡山手村(倉敷税務署管内)所在の訴外株式会社小橋商店(昭和三〇年一月二七日設立、資本金一五〇万円、事業場建坪延三二二坪、従業員数六名、係有車輛三輪トラツク一台および自動二輪車三台)の昭和三三年度の売上差益率が一五・二%、営業利益率が三・三%であり、昭和三四年度の売上差益率が一五・一%、営業利益率が四・三%であること、同じく類似法人の広島県沼隈郡沼隈町山南(福山税務署管内)所在の訴外備後本口表有限会社(昭和二四年三月二五日設立、資本金五〇万円、事業場建坪延三五坪、従業員数四名、保有車輛三輪トラツク一台および自動二輪車二台)の昭和三三年度の売上差益率が一二・七%、営業利益率が二・五%であり、昭和三四年度の売上差益率が一二・九%、営業利益率が三・四%であることによつても、明らかである。

6、被告がなした推定計算の内容は、次のとおりである。

(一) 昭和三三年度分

更正決定に際し、被告は、別表一の欄記載のとおり、昭和三三年度の原告の所得額を四一四、二〇〇円と算定した。

しかし、右の計算は、売上原価算出の過程で当期仕入製品を誤つて加算していない。そこで、本訴において、修正計算をすると、右表の欄記載のとおり、四三一、八七〇円となるが、さきに更正決定の際算定した原告の所得額は、右修正計算による金額の範囲内であるから、結局相当であるということができる。

(二) 昭和三四年度分

更正決定に際し、被告は、別表二の欄記載のとおり、昭和三四年度の原告の所得額を六〇四、七〇〇円と算定した。

しかし、右の計算も売上原価算出の過程で労務賃および製造経費を誤つて加算していない。そこで、本訴において、修正計算するに、同表の欄記載のとおり、六一五、四四二円となるが、さきに更正決定の際算出した原告の所得額は、右修正計算による金額の範囲内であるから、相当である。

7、以上の次第であるから、被告のなした本件各更正決定額は、相当であり、またその推計方法も十分合理性があるものである。

第四、被告の主張に対する原告の答弁および反論

一、1、被告主張の1および2の各事実を認める。

2、同3の事実については、訴外吉村商店が高知市知寄町一番地の四に事業場を置く原告と同一種目の営業をする会社であること、原告会社の内容、事業規模が被告主張のとおり(ただし、従業員数、事業場建坪、保有織機数の各点を除く。)であることを認める。その余の吉村商店の内容および事業規模が被告主張のとおりであるかどうかは知らない。当時の原告の従業員数が八名であること、原告の事業場建坪が延三九坪であることおよび原告の保有織機数が四台であることは否認する。すなわち、常時いた原告の従業員は五名で、原告の高知市浦戸町の事業場の建坪は三〇坪にすぎず、そのほか高知県吾川郡春野村に六坪の倉庫があるだけであり、また原告保有の織機は二台である。

原告と吉村商店が類似法人であるという被告の主張は争う。

3、同4の事実については、被告が推計に際し訴外吉村商店の売上差益率および営業利益率をそれぞれの主張のとおり若干低く修正して適用したことを認めるが、その際被告が原告の仕入れ金額及び売上金額を一品毎に調査したことおよび工場等を調査したことを否認する。

右修正は、なんら根拠がない恣意的なものである。

4、同5の主張は、立地条件が異なるから、比較にならず、主張自体失当である。

5、同6の事実については、昭和三三年度の売上原価および営業外利益ならびに昭和三四年度の売上原価が被告主張のとおりであることを認めるが、昭和三三年度の営業外損失ならびに昭和三四年度の営業外損益が被告主張のとおりであることは争う。もつとも、昭和三三年度の支払利息ならびに昭和三四年度における公租公課、支払利息、減価償却費、貸倒金および車輛売却損が被告主張のとおりであることは認める。

二、原告と訴外吉村商店が類似法人といえないことは、次に述べることからも明らかである。

1  吉村商店の有限会社としての設立年月日は、前記のように知らないが、かりに被告主張のとおりであるとしても、会社組織になる前の個人経営当時を含めて両者を比較すると、吉村商店は、創業数十年の実績を持つ老舗であるのに反し、原告は終戦後原告代表者の亡夫が全くの素人から創業したものである。したがつて、吉村商店と原告との有限会社としての設立年月日は近似しているとしても、両者の創業年数は、著しく異なつている。

2  畳表は種類が多く品質に差があるから、他の業種と比べ、特に仕入に経験技倆を要し、仕入れの巧拙が直ちに業績を左右する。しかるに、吉村商店は、経験のある優秀な仕入れ係りを有していたのに反し、原告の仕入れ係り青木茂は経験のないものであつたから、この点でも、両者は著しく異なる。

また、販売面でも、原告代表者が女であるところから、買い叩かれ値切られることが多い実情であつた。したがつて、この点でも、優秀な販売係りのいた吉村商店と異なる。

3  畳表は時季物で一時に大量に仕入れなければならないから、資金繰りの優劣が業績に影響を及ぼす。しかるに、吉村商店は、金融機関と密接な関係を有したのに反し、原告は金融面で全く劣つた立場にあつたものである。

三、かりに、訴外吉村商店が原告と類似法人であるとしても、原告は、法人形態をとつてはいるが、実質は個人経営に等しいから、推計に際し、原告と事業の規模が類似する同業者の売上差益率、営業利益率を求めるにあたつては、法人企業のみならず個人業者も含めて類似規模の業者を多く選び、その平均値によるのが合理的である。

しかも、当時畳表業界は不況で、原告もその例に漏れず、中には倒産した業者もあつたくらいであるが、吉村商店は比較的好況の状態にあつたものであるから、この点からみても、同商店のみの売上差益率、営業利益率を推計に適用することは、妥当ではない。

四、被告が売上原価につき原告の申告額を採用しながら、同じく損金に計上される営業経費について原告の申告額を採用しないのは、不合理である。しかも、被告の原告の帳簿の不備に関する指摘中には、営業経費に属する勘定につき、なんら記帳の虚偽、誤謬等の指摘がないのであるから、売上原価同様、営業経費についても、原告の申告額を基礎に所得を算出すべきである。

第五、当事者の立証

一、原告

1  甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし一二を提出し、証人青木茂(第一、二回)、同横田百喜の各証言および原告代表者本人尋問の結果を援用する。

2  乙第五、六号証の成立を否認し、第一五号証の一、二の成立は知らない。その余の乙号各証の成立を認める。

二、被告

1  乙第一、二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし五、第五ないし七号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし八、第一二号証の一ないし九、第一三号証の一ないし一七、第一四号証、第一五号証の一、二を提出し、証人巽勇二郎、同広光春誠および同吉本幸雄の各証明を援用する。

2  甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因一および二の事実については、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各更正決定の適否について判断する。

1  原告が信頼できる帳簿その他の書類を備えていなかつたこと、すなわち、原告の帳簿には被告主張のような記帳の脱漏誤謬等があり、証憑書類に被告主張のような不備があつたこと、そこで被告が原告に対する青色申告書提出承認の取消処分を行つたこと、原告の所得金額は右のように帳簿により実額を算出し得ないこと、即ち推計により算出する外ないことは、当事者間に争いがない。

そうして、かように推計による場合において本件において被告が行つた原告の売上原価(昭和三三年度が二二、四八一、四四二円、昭和三四年度が二五、三〇三、三六八円であることは、当事者間に争いがない。)を基礎に原告と類似法人の売上差益率を適用して原告の売上金額を推定し、さらにこの売上金額を基礎に類似法人の営業利益率を適用して原告の営業利益を算定し、これに営業外損益を加減して原告の所得金額を算出するという推計の方法自体は、一応合理的であると認められ、この推計方法によることにつき、原告も特に争つているとは認められないところである。

問題は、右推計に適用する類似法人の売上差益率および営業利益率として訴外有限会社吉村商店の売上差益率および営業利益率を適用した点である。

2  ところで所得額の推計に当つて、右のように同種営業者たる法人の売買差益率、営業利益率を採用するには能う限り広範囲の地域から、あらゆる点において類似した法人を選択することが望ましいことは言うを俟たない。

しかしその類似も結局、別個の法人による推計であるから、程度の問題であり、又選択範囲についても人手、時間の関係等において制限を受けざるを得ない。

本件において被告が類似法人として訴外吉村商店を選択した事情、原告との対比は次のとおりである。即ち、証人巽勇二郎、同吉本幸雄、同広光春誠、同横田百喜の各証言によれば、被告伊野税務署管内には類似の法人がなかつたこと、個人商店は帳簿記載も不十分で、業態も異り、比較営業者としては同種法人がより望ましいこと、広く他管内の業者をも調査し比較に供することは人員等の関係から著しく困難であること、原告の営業の本拠が実際上高知市浦戸町であるところから高知税務署管内で類似法人を調査したところ、同税務署管内では原告と規模が類似するものは前記吉村商店のみであつたこと、同商店は右のように原告会社と立地条件が類似し、以下のように各種条件において大差なく類似しており、同訴外商店が原告会社よりやや業績を挙げていると認められるが、類似法人として用いるのに相当であると認めて同商店を類似法人として選択したものであることが認められる。そして原告会社が昭和二六年五月一二日、資本金を二〇〇万円、目的を畳表の製造販売、代表者を訴外小串繁告と定めて設立された有限会社で、右代表者は昭和三二年九月一三日死亡し、その妻小串照子が同年一二月一五日より代表者となつて業務を行い、本件係争年度当時、実際上の営業の本拠を高知市浦戸町一二九番地に置き、三輪トラツク一台および自動二輪車二台を保有していたことは、当事者間に争いがなく、証人青木茂(第一回)、同巽勇二郎の各証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、当時原告会社の従業員は、仕入れ係り一名、会計係り一名、運転手一名および雑役二名であつたこと、そのほか、一年余りの間勤務した仕入れ販売係りの鍵山某および入社後二、三カ月か四、五カ月でやめてしまつた者二、三人がいたこと、原告の高知市浦戸町の店は、約三〇坪の建坪で、階下が倉庫、二階が住居、階段下が事務所にそれぞれ使われていたこと、そのほか、高知県吾川郡春野村東諸木の登記簿上の本店の敷地は、工場を含めて約五〇坪あつたこと、成立に争いのない乙第三号証の四および原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、原告の保有織機数は、前記亡小串繁吉現物出資のもの二台のほか高橋武司現物出資のものが二、三台あつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。一方、訴外吉村商店が事業場を高知市知寄町一番地の四に置く原告と同一種目を営業する会社であることは、当事者間に争いがなく、各成立に争いのない乙第九号証の一および第一〇号証の一によれば、同商店は、代表者が吉村糸枝で資本金八〇万円の有限会社であること、各成立に争いのない乙第九号証の二および第一〇号証の二によれば、同商店が当時三輪トラツク二台およびその他の車輛を保有していたこと、証人青木茂の証言(第一回)および原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、同商店は、従業員は原告よりやや多く、仕入れ係りが二人いたほか販売係りも二人いたこと、同商店の敷地は約一五〇坪であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。

以上のように被告が右類似法人として吉村商店を選択した経緯、同商店と原告会社とが立地条件が類似し、資本金、従業員数、店舗の規模、保有車輛数等につきそれぞれ若干の差があるが、何れもこれを類似したものと認めるに妨げないこと、経営者もともに女性であること、なお、証人吉本幸雄の証言によれば、原告会社の商店別の売上の構成割合の調査算出と品種別に一品調査(場合により無作為に抽出調査)により算出した売上差益率の結果により算出された加重平均差益率は一割八厘九毛三糸であつて、右吉村商店のそれと殆ど変らないこと、等の事実に鑑みるときは、被告が類似法人として右吉村商店を選んだのは相当であるということができる。

3  原告は、従業員の経験年数その他、以下に検討するような両者の差異を指摘して訴外吉地商店を類似法人として比較の資料に供するのは不当であると主張する。しかし比較法人はあくまで類似の別個の法人であつて全く同一ということは考えられないのみでなく、被告がその事務処理上可能な範囲で調査し、前記の程度に類似した法人を選択したことは推計の資料としての類似法人の選択に当を失するものがあるとはいい得ない。以下原告の個々の主張について説明を加える。

原告は、吉村商店の方が個人企業としては創業が古く、原告会社と経営条件が著しく異なる旨主張し、原告代表者本人尋問の結果によれば、吉村商店の個人企業としての創業は相当古いことが認められるから、同商店が多年培つた販路等を有することは推認できないではない。しかし、原告の高知県での創業が前記のように終戦後からであるとしても、証人横田百喜の証言によると、原告代表者の亡夫小串繁吉も戦前から大阪で畳表の商売をしていたことが認められるから、右の点を捉えて両者の経営条件が著しく異なるものとみることができない。

また、原告は、吉村商店が経験のある優秀な仕入れ係りを有していたのに反し、原告の仕入れ係り青木茂は経験のない者であつた旨主張するが、証人青木茂の証言(第一回)によれば、同人は主として仕入を担当していた者ではなく、昭和三三年一一月頃からは前記鍵山某が販売のほか仕入れも担当していたことが認められ(同人はその後一年か一年半位で退職)、右証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、右鍵山は、経験はなかつたが、敏腕であつたことが認められるから、仕入れ条件の点で原告と吉村商店の間に著しい相違があつたものとみることはできない。なお、原告は、原告代表者が女であつたことから、販売に際し買い叩かれ値切られることが多かつたものである旨主張し、原告代表者の供述中には右主張に添う部分があるけれども、たやすく採用することができない。

さらに、原告は、右両者が資金繰りの点で優劣があつたと主張し、証人横田百喜の証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、吉村商店の代表者吉村糸枝の夫は高知相互銀行の取締役であり、また夫の兄は四国銀行の監査役であることが認められるが、単に右の事実をもつて直ちに両者の間に資金繰りの優劣があつたものということはできない。

4  原告は、訴外吉村商店が原告と類似法人であるとしても、実質は個人経営に等しいのであるから、推計に際し、原告と事業の規模が類似する同業者の売上差益率、営業利益率を求めるにあたつては、法人企業のみならず個人業者も含めて、原告と類似規模の業者を多く選び、その平均値によるのが相当であると主張するが、吉村商店を選んだ前記認定の経緯に照すと比較の資料として被告伊野税務署管内に個人商店に適当なものはなかつたのであるから、右選択の経緯、吉村商店の原告との類似性に照し、原告主張は採ることを得ない。

5  以上検討したところによれば、被告が推計に際し類似法人として訴外吉村商店を選んだ措置は合理性があり、相当なものということができる。

なお、原告は、被告が売上原価につき原告の申告額を採用しながら、同じく損金に計上される営業経費について原告の申告額を採用しないのは不合理であると主張するが、種々性質の異つたものを含む営業経費に比べ、総額的に妥当な額かどうか検討し易い売上原価について、原告の申告額を基礎にし、営業経費については、その性質上右の検討が困難であるので、原告の申告額を採用しなかつたとしても、不合理とはいえない。

三、そこで、以下推計による原告の所得額を計算する。

まず、吉村商店の昭和三三年度におよる売上差益率が一二・七%で、営業利益率が三・六%であり、昭和三四年度における前者が一二・一%で、後者が四・六%であることは、原告において明らかに争わないところである。しかし被告が右昭和三三年度の売上差益率を一〇%、営業利益率を二・五%、昭和三四年度の前者を一〇%、後者を三・五%とそれぞれ修正したことは、当事者間に争いがない。

証人巽勇二郎、同広光春誠、同吉本幸雄の証言によれば、吉村商店は原告に比しその商歴、従業員の数、その経験年数、業績等においてやや優れているので、これを勘案して修正減額したことが認められる。

しかし、類似法人として採用したものが上記のように妥当なものである場合は、推計課税の性質上当該類似法人の営業利益率等をそのまま適用しても差支えないものというべきである。本件においても右の点は之を同一に解すべきであるが、上記のような優劣を考慮し、ある程度の減額をなすことは行政的裁量としてむしろ当を得たもので、かつ原告に有利な措置であるから以下これによつて計算すると、昭和三三年度における売上原価および営業外利益ならびに昭和三四年度の売上原価が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証の一、二、証人巽勇二郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五号証を総合すれば、昭和三三年度の営業外損失が別表一の註<2>記載のとおりであること、各成立に争いのない乙第四号証の三および五、証人巽勇二郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第六号証を総合すれば、昭和三四年度の営業外損益は別表二の註<1><2>各記載のとおりであること、以上の事実が認められ、右認定を左右する資料はない。

そこで、右により、原告の所得金額を算定すると、別表一欄記載のとおり、昭和三三年度における原告の所得金額は、四三一、八七〇円であり、別表二欄記載のとおり、昭和三四年度における原告の所得金額は、六一五、四四二円である。

そうすると、本件各更正決定による原告の各所得金額は、それぞれ右各金額の範囲内であるから、結局正当である。

四、よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 合田得太郎 裁判官 小湊亥之助 裁判官 渡辺貢)

(別表一)

計算表一

(自昭和33年7月1日 至昭和34年6月30日)

<省略>

(註)<1> 営業外利益=雑収入 4,909円

<2> <省略>

(別表二)

計算表二

(自昭和34年7月1日 至昭和35年6月30日)

<省略>

(註)<1> <省略>

<2> <省略>